第二戦に向けて (イタ語休み)
W杯、日本vsクロアチア戦まで あと二日と迫ってきましたね~。
オーストラリア戦・TV観戦時は興奮と緊張とで・・・・ 飲み過ぎました。
次はオトナの女性としてわきまえた応援スタイルで、お上品に観戦したいと猛省しております。

ところで、この試合はバイエルン州の古都・ニュルンベルクNürnberg>で開催されます。
ニュルンベルク観光として一般に広く紹介されているのは、城壁で囲まれた中世の街並みと
世界最大規模と言われるクリスマスマーケット、そしてニュルンベルクソーセージでしょうか。
ややマニアックになると、ドイツで最初に鉄道が開通した街ということで
鉄道ファン必見のドイツ鉄道博物館、さらにドイツを代表するルネサンス期の画家、
アルブレヒト・デューラー生誕の地ということで、デューラーの家も観光名所のようです。

しかし多くの方が "ニュルンベルク" という街の名に最初に触れるのは、学生時代、
世界史や国際政治の授業で取り上げられる 『ニュルンベルク裁判』 ではないでしょうか。
ニュルンベルクは かつてナチス・ドイツが本拠地としていた街であり、1933年からの6年間、
彼らはここで党大会を開き、ユダヤ人迫害~大虐殺(ホロコースト)へとつながる非人道的人種法、
ニュルンベルク法を制定しました。 そしてそのため、戦後、第二次大戦に対するナチス指導者
たちの責任を追及する国際軍事裁判(ニュルンベルク裁判)がこの地で行なわれたのです。

以来、このような歴史的背景を経たニュルンベルク市は
当地が世界的に、特別に負うべき道義的責任として、『平和と人権の都市』 を宣言し、
人権の保護・推進活動に国際レベルで取り組んでいるそうです。

◆       ◆       ◆

その活動の象徴のひとつとして、ニュルンベルク中央駅から程近い広場に、
1993年、全長175mのモニュメントが作られました。
イスラエルの彫刻家、ダニ・カラヴァン作 人権の道-Way of Human Rights- です。


b0024177_2312342.jpg国立ゲルマン民族博物館の旧館と新館との間にある
カルトゥジアン広場の南北軸線上に、各々高さ8m、
直径80cmの白コンクリート製の円柱が並んでいます。
5m間隔・30ヶ所のポイントのうち円柱は27本。
残りの2ヶ所は円形プレートのみが地面に埋め込まれ、
1ヶ所は円柱の代わりに樫の木が植えられています。

そして、27本の柱の表面と2つの円形プレート、
1本の樹木の横にある銘板には、「人権および
自由を尊重し確保するために、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」 として、
1948年の国連総会で採択された 『世界人権宣言』 の全30章の条文が、
ドイツ語と各々29の異なった言語との2ヶ国語併記で刻まれています。

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    白い列柱の間に1ヶ所だけ樫の木が植えられている


第一の柱にはドイツ語とイディッシュ語(ヨーロッパのユダヤ人が使用する日常語)で章句、
「ニュルンベルク」 との地名、そして当地であることを示して 「0Km」 と記されています。
そして二本目、三本目と順に、この地から離れた土地の言語で同様に刻まれ、
最後の円柱には チリの首都 「サンティアゴ」 の地名とニュルンベルクからの距離
「12,210Km」、および章句が ドイツ語とスペイン語で表記されています。

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ドイツ語および各国の
2ヶ国併記で、都市名、
ニュルンベルクからの距離、
人権宣言章句が刻まれる



日本語表記は26番目
「第26条 教育を受ける権利」




この広場の南側には中世の城門の遺構があり、それと対置する北側のはずれに
シンメトリー構成で白コンクリート製の門が設置されています。
列柱と同じく8mの高さ。 そしてこの門にも 世界人権宣言の章句が刻まれています。

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(左)城壁で囲まれたニュルンベルグ。旧市街地の城門の遺構
(右)対面にある中世の城門が簡略化され、白コンクリートで再構築されている


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ここを訪れた者は、また、ニュルンベルク市民は日常的に、
この 『人権の道』 を歩きながら ひとつひとつ世界人権宣言に触れることになるのです。
人が人を差別し、迫害し、殺し、裁いたこの地で、
すべての人間に対して その罪深い心の自戒を静かに促しています。

◆       ◆       ◆

もしニュルンベルクを訪れる機会がございましたら、
この地が背負う重い歴史と強固な意思を踏まえつつ
ゲルマン民族博物館横の、この小道を散歩コースに加えてみてはいかがでしょうか。
ただしドイツ語を解さない場合、要・世界人権宣言条文<日本語訳>かもしれません・・・ (^^;;


※Memo※
ダニ・カラヴァン(Dani Karavan)作品巡りの旅、訪問暦
 『人権の道 -Way of Human Rights-』
     ドイツ/ニュルンベルク [2003.04.23]
 『マアロット -Ma'alot-』
     ドイツ/ケルン [2003.04.24]
 『パサージュ ヴァルター・ベンヤミンへのオマージュ
  -Passages, Homage to Walter Benjamin-』
     スペイン/ポルト・ボウ [2001.10.02]
 『大都市軸 -Axe Majeur-』
     フランス/セルジ・ポントワーズ [1999.05.08、2001.10.05]
 『シャルル・ド・ゴールの遊歩道 -Esplanade de Charles de Gaulle-』
     フランス/ナンテール [2001.10.05]
 『寛容の庭 イツアク・ラビンヘのオマージュ
  -Square of Tolerance, Homage to Yitzhak Rabin-』
     フランス/パリ [2001.10.06]
 『認識の道 -Way of Knowledge-』
     イタリア/ナポリ [2004.05.08]
 『線 1.2.3. -Linea 1.2.3.-』
     イタリア/ピストイア・チェレ [2000.04.18]
 『クレディ・スイス情報センター広場 -Dorfplatz (Village Square)-』
     スイス/ホルゲン [2004.05.04]
 『隠された庭への道 -Way to the Hidden Garden-』
     日本/札幌
参考文献 『ダニ・カラヴァン 大地との共鳴/環境との対話』

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| by dicotomia | 2006-06-16 23:54 | 雑記
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