カテゴリ:いろんなイタリア語( 114 )
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けびーた!
Che Vita!
Che vita!
ah puoi dirlo, sento sempre il peso di un controllo appeso al collo
Che vita!
si direbbe fuori dal contesto su nell'universo nello spazio

b0024177_7344195.jpg『Che vita! il meglio di Samuele Bersani』
今年のイタリア旅行の際に大量買いしてきたCDの中の一枚。
NHKテレビ 『イタリア語会話』 で紹介されたビデオクリップを見て
この地味で単調で脱力感に満ちあふれた
ユルユルさ加減に たまらなく mi ha colpito でした。
(ただし歌詞はメロディとは異なり不穏な空気が漂ってオリマス・・・)


他のユルユルも挙げてみる~。
トータルの地味さは変わらないが、やや情緒的。

『Giudizi Universali』  ピアノの旋律とBメロの階段たたみ掛け昇行が印象的。
Potrei ma non voglio fidarmi di te
io non ti conosco e in fondo non c'è
in quello che dici qualcosa che pensi
sei solo la copia di mille riassunti
Leggera leggera si bagna la fiamma
rimane la cera e non ci sei più ...

Spaccacuore  前半はユルユルを通り越してタルイ。 が、いきなり目覚めてスパラスパラる。
Ma non pensarmi più, ti ho detto di mirare
L'AMORE SPACCA IL CUORE.
Spara! Spara! Spara, Amore!
Tu non pensarci più, che cosa vuoi aspettare?
L'AMORE SPACCA IL CUORE.
Spara! Spara! Spara, dritto qui ...

心と時間に余裕のある休日の午後に、気負わずぼけらっと、~ながら聴きしたい一枚。


Samuele Bersani Sito Ufficiale : http://www.samuelebersani.it/
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| by dicotomia | 2007-12-25 23:55 | いろんなイタリア語
la fine o l'inizio
Winston Leonard Spencer Churchill (1874 – 1965),
statista inglese, Primo Ministro e premio Nobel.

 Questa non è la fine.
 Non è nemmeno l'inizio della fine.
 Ma è, forse, la fine dell'inizio.
 This is not the end.
 It is not even the beginning of the end.
 But it is, perhaps, the end of the beginning.

 これは終わりではない。
 これは終わりの始まりですらない。
 しかし、あるいは、始まりの終わりかも知れない。

イギリスの名宰相、 ウィンストン・チャーチル の言葉。
エジプト、エル・アラメイン戦での自国軍の勝利の際に。

いろいろな媒体で度々引用されているのを目に・耳にしますが、
その言葉面から、本義とはやや異なって使用されていることも多いようです。
大局的な見地に立つと、これは初期段階が終わるに過ぎない。
しかし、「But」 以下には悲観的な意味合いのみが漂っているわけではないとも捉えられます。
この場合は戦争でしたが、何が始まり、何が終わるのか。
当てはめる事柄によってその心象も変わってきますね。

その他の彼の名言。
 Il successo non è definitivo, il fallimento non è fatale:
 ciò che conta è il coraggio di andare avanti.
 Success is not final, failure is not fatal:
 it is the courage to continue that counts.

 成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ。

 Il successo è l'abilità di passare da un fallimento ad un altro
 senza perdere l'entusiasmo.
 Success is the ability to go from one failure to another
 with no loss of enthusiasm.

 成功とは意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。

 Un pessimista vede la difficoltà in ogni opportunità;
 un ottimista vede l'opportunità in ogni difficoltà.
 A pessimist sees the difficulty in every opportunity;
 an optimist sees the opportunity in every difficulty.

 悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、
 楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。

◆       ◆       ◆

一方(?)、おもしろいなあ と思うのは根雪の始まり。

・・・あ。 「根雪」 という言葉を人生において発したことのない方も大いにいらっしゃるか。

初雪からそのまま延々と雪が降り積もるのではなく、日々積もったり融けたりを繰り返しながら、
そのうちに雪融けの時期まで融けずに残る雪が地面を覆いつくします。
la neve che dura fino a primavera。 それが根雪。

根雪の初日(積もり始めの日)、終日(融けて無くなった日)は気象データとして記録されています。
毎年12月初旬にドカ雪が降ると 「このまま根雪になるのかね~?」 なんて会話がしばしば
交わされるのですが、実際 札幌の平均値は 初日が12月4日、終日が4月3日だそうです
(ちなみに初雪は10月27日)。 ・・・わお。 この街は4ヶ月間も雪に埋もれているのね。

根雪初日。根雪の始まり。
この始まりは始まったときにはわからないのです。
後になって振り返ってみて、ひと冬融けずに残った雪を確認してはじめて、
「ああ、あの日が始まりだったんだな」 と。
そんな根雪の始まりに想いを馳せてみると、毎年のことながら
なぜかなんとなく可笑しく、なんとなくステキなことに感じてしまいます。


「ああ、あのときが始まりだったんだな」 と後になって思えることが
今 始まっているのかもしれません。


 
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| by dicotomia | 2007-12-23 03:54 | いろんなイタリア語
"Ci è niente che sia superfluo, no?"
最近すっかり ぽんずらー※1 になってしまいました。 余談ずら。

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誘われて登山に初挑戦することになった理佐たん※2
いかに荷物を減らすか、軽くするか、 「ズルすることに一生懸命」 との家訓を胸に
悩んで工夫を凝らして、自信満々、必要最低限の軽装備で向かった。

が、その一方、誘いを掛けた仲間のひとりは
大荷物を背負い、汗をかきかき苦労して山を登っている・・・

やっとのことで登りつめた山頂で彼が取り出したのは、
湯沸し器具、ガスボンベ、コーヒー抽出器具、缶詰、ソーダ水、マグカップ、ecc...

仲間がそこで淹れてくれたコーヒーは
今までに味わったことのない このうえない美味しさで、
さらに振舞われたフルーツ・ポンチも大感激でシロップまで全て飲み干したという。


◆       ◆       ◆

superfluo : 【agg.】余分[余計な]な、過剰な;不必要な/ 【s.】余計なもの、余剰、贅沢品≫

eliminare il superfluo, ridurre il superfluo 「余分なものを省く」
aggiungere superfluità [ridondanze] 「蛇足を加える」

È superfluo dire che + indic.
 「これは蛇足ですが・・・」
È superfluo [inutile] dire che ... / Non c'è bisogno di spiegare che...
 「・・・は言うまでもないことだ」


必要最低限。できるだけ身軽に。ムダを省いて。シンプルライフ。
そんな自由で軽やか、ストレスフリーな暮らしにも憧れますが、
あれもこれもと多くのモノ・思考を抱えながらも
「余計なモノなどないよねー」 と、強気にハナウタを歌う日々も多分キライじゃないんだと思います。

・・・と、いったい何が詰まっているんだか、
パンパンに膨らんだ重いカバンを肩に引っ掛け、今日も元気に出勤しよう~!

Anche oggi dovrebbe essere una buona giornata!


※1 ポン酢ラー  ※2 伊藤理佐

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| by dicotomia | 2007-12-17 07:01 | いろんなイタリア語
Che cosa ti dà ・・・?
■ 私を ~にする [ mi dà + s.

Il lavoro non mi dà respiro.
 「仕事で一息つく暇もない。」

Il fumo mi dà molto fastidio.
 「タバコの煙はとても嫌いです。」

Il suo atto mi ha dato rabbia.
 「彼の行為に腹が立った。」

いやいや、

Studiare l'itariano mi dà molta gioia.
 「イタリア語を勉強しているととても楽しいです。」

Il recente successo mi ha dato fiducia.
 「今度の成功で自信がつきました。」

Le sue parole mi hanno dato animo.
 「彼の言葉に力づいた。」

Parlare con te mi dà forza.
 「君と話していると元気になる。」

L'idea di saperti vicina mi dà molta serenità.
 「あなたがそばにいてくれると思うと心が穏やかになります。」

tranquillità, sicurezza, soddisfazione, consolazione, grinta, energia, ecc...

こっち。
そんな何かがたくさんあるといいなああああ。
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| by dicotomia | 2007-11-12 23:10 | いろんなイタリア語
La vita umana è piena di ・・・
『現代イタリア文法』 を入手したからには改訂版を作ろう作ろうと思いつつも全く手を加えることのないまま観念して本日プリントアウトし 数ヶ月振りの再会を果たした手づくりあんちょこを眺めながら 正直この数ヶ月間まともに接していなかったイタリア語に改めて向き合おうと気合いを入れ直したのは 今週末および来週ひさびさにイタリア語会話の機会をありがたくも頂戴したのが第一の理由ではありますが(いや、もうその機会には完全に手遅れなのですが)、11月スタートに向けて "La vita umana è piena di incognite." の精神で "Una vita piena di incontri e sorrisi" を目指して、小心者なりにも attivamente にがんばっていこうかと気持ちも新たに決意した次第なのでございます。

◆       ◆       ◆

過去最大に近づきつつあった危機的状況を脱するために約一年前に始めたテニス、真剣に通っていた頃には何の変化も見られなかったのに、サボリ気味となっていたここ二ヶ月で思いもよらず目標値を上回る減量に成功いたしました。 ・・・が、ブラのカップが確実に合わなくなったのも非常に残念ですが(笑)、昨シーズンまで着用していた冬物のスカートやパンツがことごとくブカブカになってしまっており あまりにものみっともなさに嬉しい悲鳴。 うひゃー、どーしよー... と しばし悩んだ末、リバウンドの可能性を自ら抑止するためにも洋服のリフォーム屋さんで全て詰めてもらうことにしました。 ああ、なんて sfidante。 後悔の日々が訪れないようこちらの維持もがんばろう~。
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| by dicotomia | 2007-10-30 01:25 | いろんなイタリア語
なんだかんだで
prima o poi 「遅かれ早かれ、いずれそのうち」
presto o tardi
oggi o domani
un giorno o l'altro
una volta o l'altra

più o meno 「多かれ少なかれ; およそ、だいたい」
tanto o quanto

piaccia o non piaccia / piaccia o no 「好むと好まざるとに関わらず、否応なしに」
volente o nolente / volere o volare / volere o no 「望もうが望むまいが、否応なしに」
a ragione o a torto 「正しかろうが間違っていようが; 理由はどうあれ」

l'uno o l'altro 「いずれにせよ、どちらにしても」
per un verso o per l'altro 「いずれにせよ、なんとかして」
in un modo o nell'altro 「何らかの方法で、なんとかして」

per amore o per forza 「なんとしても、是が非でも」
bene o male 「善かれ悪しかれ、なんとしても、是が非でも」

per una cosa o per l'altra 「なにかと、なんだかんだで」

Per una cosa o per l'altra sono molto preso.
 「なんだかんだと忙しい。」
I miei genitori mi rimproverano sempre per una cosa o per l'altra.
 「両親にあれやこれやと小言を言われる。」

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| by dicotomia | 2007-10-29 01:29 | いろんなイタリア語
あったりなかったり・・・
■ ~がないために [ per mancanza di
Sono depressi per mancanza di attenzioni.
 「彼らはかまってもらえないので元気がありません。」

Non ha più voglia di lavorare per mancanza di motivazioni.
 「彼はやる気がなくて、もう働きたくありません。」

Non può più stare in Italia per mancanza di denaro.
 「彼はお金がないので、それ以上イタリアにいることができません。」

Il suo progetto è stato rifuunato per mancanza di fantasia.
 「彼の計画は想像力が欠けているので拒否されました。」
き、きびしいのお・・・


■ 私には~があれば十分だ [ mi basta(bastano) + s.
Mi basta l'amore di mio figlio.
 「私には息子の愛があれば十分です。」
 
Mi bastano un paio d'ore.
 「私には2時間もあれば十分です。」
 
Mi basta un caffè durante le pause di lavoro.
 「私には仕事の休憩中にコーヒーがあれば十分です。」
Anch'io la penso così!


■ ~なしに・・・できない [ non riuscire a + inf. + senza~ ]
Non riesco a stare senza parlarti.
 「私は君に話さずにいられません。」
 
Non riesco a capire una conferenza giapponese senza il mio dizionario elettronico.
 「私は私の電子辞書がなくては日本語の講話を理解することができません。」

Non riusciamo a continuare questo programma senza uno sponsor.
 「スポンサーがいなくては、私達はこのプログラムを続けることはできません。」


・・・ま、あってもなくてもがんばろう~!


  
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| by dicotomia | 2007-10-22 00:29 | いろんなイタリア語
秋の気配 ≪l'aria autunnale≫
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More
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| by dicotomia | 2007-10-14 01:39 | いろんなイタリア語
Toccare il Tempo
Dal 7 settembre 2007 al 13 gennaio 2008 negli spazi esterni dei Mercati di Traiano 29 sculture/installazioni in marmo, bronzo e granito
per la prima mostra individuale a Roma dell'artista giapponese
2007年9月7日~2008年1月13日、トライアーノ市場の野外空間に
大理石、ブロンズ、グラニトの彫刻約30点を展示。日本の芸術家のローマ初の個展。


Opere su cui salire e sdraiarsi, da toccare, accarezzare e attraversare.
よじ登り、横たわり、触れ、撫で、通り抜ける作品。

Un invito ad instaurare un rapporto di empatia con le sculture attraverso il tatto.
触れることによる彫刻との共鳴への誘い。

Le sculture solleticano sensazioni, iniziative, comportamenti.
彼の彫刻は人々の感情や自発性、行動を刺激する。

Ogni opera e un invito ad immaginare, ad inseguire le diverse possibilita allusive, a provare i diversi punti di vista rispetto alla sua collocazione.
どの作品も人々に、想像をたくましくさせ、そこに暗示されている新たな可能性を探し求め、
さらにその場における異なる視点を見出すように促している。


A guardare le sculture di Kan Yasuda si resta incantati, come ci si trovasse davanti a qualcosa di spontaneo, di naturale, di sempre esistito.
安田侃の彫刻を観ていると、何かのびのびと自然で、常に存在しているものを前にしているような、不思議な感覚を覚える。

Al punto tale che queste opere sembrano non avere una mole, in certi casi appaiono prive di peso, e l'osservatore perde il senso della dimensione: potrebbero essere grandi come montagne o addirittura tascabili.
作品は、時には全く重さがないかに、あるいは解き放たれているように見え、観る者は次元の感覚を失う。山のように大きいかと思えば、手に取るほど小さく見える。

Sono come sassi, che non hanno facce ne una destra ne una sinistra.
普通の石のように右も左もない。

Su ogni lato il sole gioca con raggi di luce e ombra oppure le gocce di pioggia si divertono a rimbalzare e a scivolarci sopra.
あらゆる面に太陽は陽光を注ぎ、影をつくり、あるいは雨の滴がその面で跳ね、滑りゆく。

― citazioni da ローマ市広報


TOCCARE IL TEMPO  『時に触れる』 展
(ああ。ローマに観に行きたい。 ・・・いや、せめて展覧会のカタログが欲しいのお。手に入らないかなあ・・・)
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| by dicotomia | 2007-09-16 14:39 | いろんなイタリア語
Cosa ti rende felice?
Vedete quanto poco ci vuole per rendere felice un uomo:
una tazzina presa tranquillamente qui fuori...

(Tratto da "Questi Fantasmi" di Eduoardo De Filippo)
 ごらんなさい。 何と小さなことが、人を幸せにするのだろうか。
 たった一杯のコーヒーを、外でゆったりといただく・・・


A noialtri napoletani, toglierci questo poco di sfogo fuori al balcone... Io, per esempio, a tutto rinuncierei tranne a questa tazzina di caffè.
(Tratto da "Questi Fantasmi" di Eduoardo De Filippo)
 私らナポリ人は、バルコニーの外での、このささやかな息抜きを奪われるというのなら・・・
 たとえば私はすべてを捨ててもいい。この一杯のコーヒー以外は。


Il caffè, per esser buono, deve essere
nero come la notte, dolce come l'amore e caldo come l'inferno.

(Tratto da "Vita di un rivoluzionario" di Michail Bakunin)
 おいしいコーヒーは 夜のように黒く、恋のように甘く、地獄のように熱い


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Da dieci anni quei due siedono ogni giorno per lunghe ore, tutti soli, nel caffè. È un matrimonio felice? No, è un buon caffè.
(Alfred Polgar)
 10年来、2人は毎日カフェハウスへ行って何時間もじっと座っている。
 素晴らしい結婚だって? とんでもない! 素晴らしいカフェハウスなのだ。


È essenziale l'aroma, ha qualcosa di magico,
racchiude intere energie di chi lo ha trattato.
Il caffè caro signore, è qualcosa di più di una pianta.
È una spugna che per tutta al vita – e quindi dal momento
in cui nasce fino a che viene tostato – assorbe energie e vibrazioni.
Le trattiene, le conserva poi le elabora per restituirle sotto forma d'aroma, gusto, vigore e pensiero.
Sì, mio caro signore, nel caffè è impresso il pensiero.

(Ramon)

Una Tazzina di caffè è... 
la cura di chi l'ha preparata, la passione per la qualità,
un atto d'amore per l'arte del gusto.....


珈琲が好きです。

珈琲そのものの味や、珈琲を飲みながらおしゃべりをしたり、読書したり、
ボーっと窓の外を眺めたりして過ごすマッタリとした時間ももちろん好きなのですが、

自分のために、あるいは誰かのために、
鮮度の良い香り高い豆を常に用意し、お湯を沸かしつつ抽出器具をキッチンに並べ、
豆を計量してミルで挽き、粉をフィルターにセットし、ポットに移したお湯の温度を調整し、
ハンドドリップで そうっと丁寧にお湯を注ぎ入れ、ドーム型にムクムクと膨らんでいく粉や、
サーバーにポタポタと溜まっていく琥珀色の液体を眺める・・・
その一連の作業に流れる 穏やかで贅沢な空気に惹かれます。

どんなときでも、この時間と心の余裕は持ち続けられるように。
Così questa è una cosa che mi rende felice.


―― Una buona giornata comincia con un buon caffè.

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| by dicotomia | 2007-09-05 00:13 | いろんなイタリア語
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