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じゅ、ぬ、こんぷらん、ぱ!
明朝出発します。 帰国は5月5日の予定です。
今回は今まで以上にハード&キケンな旅になりそーです。

現在 『旅の会話集・ヨーロッパ6か国語』 を読みながら
付け焼刃・フランス語、詰め込み中です。
う、すゅい、じゅ??
じぇ、ぺるでゅ、もん、ぱすぽーる!!!
・・・ああっ、暗記パン か 『プリごろ太』 仏語版のビデオが欲し~い!!

そんなこんなで、行ってきま~す!
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| by dicotomia | 2006-04-27 23:33 | 雑記
クラリスの"ゴエモン"は一味違った!
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Questo taglio è
stato meno preciso del solito.


「今宵の斬鉄剣は一味違うぞ!」

preciso : 正確な/厳格な、几帳面な、精密な/同一の、等しい、そっくりの≫ と、
劣等比較級 "menodi ・・・" が使われています。

この 「今宵は一味違う」 は、そのときの状況や感情という要因から
「通常より研ぎ澄まされて切れ味がいい」 の意(+決意や脅し) だと解釈していたのですが・・・

でも meno といわれると なんだか負のイメージを持ってしまいます。
が、この場合はそんなことないのかな?? 「同じではない」 という単なる否定の意だけなのか。
どちらかというと più preciso の方が より切れ味が良さそうな気がしますが、
それとも 「あまり正確・精密ではない」 → 「だから近寄ると危険だ」 なんて意になるのか!?(^^;

ちなみに 辞書で 「一味違う」 を引いてみると
"avere un sapore un po' diverso" とありました。
この表現も、ホントの 「味」 でなくても使えるということなのかにゃ?

◆       ◆       ◆


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Signor Goemon
la prego stia attento,
e anche lei signor Jigen.


「皆さん、どうかお気をつけて・・・
 次元様も!」
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Vi prego cercate di salvarvi,
non dimenticherò mai
la vostra gentilezza.


「必ず無事に戻ってくださいね。
 ご恩は一生忘れません」

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Mi ha chiamato signor Jigen!
次元 「"次元様"だと・・・!」

E con che grazia.
五ェ門 「可憐だ・・・」


ところで、イタ版クラリスが発する "Signor Goemon"、
「シニョーるゴエモン」 ではなく 「シニョーるぎぇやあモン」 と かなり名古屋弁っぽくて(笑)でした。
(いや、ナマの名古屋弁を聞いたとはないのですが ^^;;)
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| by dicotomia | 2006-04-25 00:29 | カリオストロなイタリア語
まだまだ頭がカタイようです・・・
2006年度・NHKテレビイタリア語会話、今週で3回分の放送が終了しました。
昨年度のような ついニヤリとしてしまう面白味 (イタリア街角インタビュー(一般人の珍回答)とか、
ターニャの言動とか、日本研究プロジェクトの小芝居とか・・・) や
生徒役出演者の魅力には欠けますが、真面目に勉強したいという視聴者にとっては
非常にまともで親切な構成になっているのではないかと思います。

入門編は一年コースということで かなりゆっくり進行です。
綴りと発音の習得から始まり、「カタカナでいいからとにかく言葉を聴き取って書いてみよう!」 という
昨年度とは対極の内容。 去年を補う形で文法に重点を置いていくのでしょうか。

中級編はマッテオのボローニャ・ロケ。 イタリア語での街紹介は興味津々で聞いております。
こちらは半年コースなので、後期は再放送になるのかな?? それはちょっと残念です。

◆       ◆       ◆

ところで、今週のマッテオのインタビュー/中級編・リスニングコーナー において
ひとつ、最初に聞いたときに 「???」 な会話文がありました。

マッテオがベンチに座っているカップルに近づき、
女性の方に 「Lui è il tuo ragazzo?」 と確認した後の、マッテオの質問。
会話の "音" は一回目で問題なく聴き取れたのですが
各々の単語の意味はわかっても質問の意図を理解することができませんでした・・・


Matteo: Come ti saluta di solito il tuo ragazzo?



・・・・ううう。 だって、こんな質問、聞いたことないよお~。

Matteo: Come ti saluta di solito il tuo ragazzo?
 「彼はふだんきみにどんなふうにあいさつするの?」

Ragazza: Mi saluta sempre con un bacio.
 「いつもキスであいさつするわ」

bacio の挨拶習慣については理解しておりますが、
「どんなふうにあいさつするの?」 なんていう質問文が成立するとは
とっさには想像もできませんでした・・・(T-T
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| by dicotomia | 2006-04-21 22:15 | いろんなイタリア語
今年の冬は長過ぎる・・・!!
4月9日に放送された TBS 世界遺産 の10周年スペシャル、
ベスト・オブ・世界遺産 II 『空から見るイタリア』、 見応えがありましたね~!!!

「イタリア」 という風景を紹介する番組は多々ありますが、
(ほぼ)空撮映像のみで構成されたものは かつてあったでしょうか。

遥か上空からの、タイトショットからワイドショットへの移行、
ズーム&パン、と目まぐるしく変わるカメラアングル、
地面や木々の頭スレスレを滑るように進む低空飛行、
スピード感あふれる映像編集・・・・ 質の高い撮影機器と撮影技術とで、
一個人では決して得ることのできない視点からのイタリアを見せてくれました。
ありがとう、TBS!

◆       ◆       ◆

ところで、今月末から5月アタマにかけて
大変短い日程なのですが、6泊8日の旅、なんとか確定いたしました。

今回の渡航目的は、念願の南仏・アート巡り。

―― なんですが、やはりイタリア上陸も捨て切れず、
マルペンサ空港往復利用で、北西イタリア、GENOVA と TORINO に
ほんのちょこっとずつ立ち寄ってみようかと考えています。

このどっちつかず感のせいで、アート巡りも思う存分、とはいかなくなってしまったのですが、
相変わらずの強行スケジュールで、ニースのマティス美術館、シャガール美術館、
近・現代美術館、サン・ポールのマーグ財団美術館、ヴァンスのロザリオ礼拝堂、
ヴィルフランシュ・シュル・メールのサン・ピエール礼拝堂、、、あたりを訪問する予定です。
(行ってみたい美術館はまだまだあるのですが。。)

と、いうわけで、ちっとも春めかない この北の大地で (マダ雪ノコッテルアルヨー、寒イヨー)
旅程を詰めながら なんとかココロだけトキめかせている今日この頃です・・・
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| by dicotomia | 2006-04-12 23:55 | 雑記
茶の湯のココロ <後編>
前回 (前編) の続きです。 まずはともかく、かな~り適当な <拙・要約> を付けつつ、
友人が送ってくれた、『茶の湯』 に関する本の記述を以下に引用いたします。

(前略)
Il Chanoyu è simile alla funzione di una cerimonia religiosa, quella, cioè, di procurare alle persone la condizione ambientale emozionale per la meditazione, che dopotutto è il tratto che distingue l'essere pensante.
Proprio come gli occidentali hanno sviluppato certi criteri per la meditazione ― luce sommessa delle vetrate istoriate nelle chiese e nei templi, silenzio, abiti decorosi per accedere in chiesa, con particolare enfasi sull'uso dei copricapo ― allo stesso modo il Chanoyu si basa sull'espressione di quattro concetti basilari. Essi sono wabisabishibuifura, già trattati in precedenza, che non hanno paragoni con altre lingue e sono densi di sottili sfumature intellettuali ed emozionali.

『茶の湯』 は、瞑想のための、思考の存在を強く意識させるための場を演出し提供する宗教上のセレモニーと同類の効用を持っている。 西洋人が作り上げた瞑想のための規範 ― 教会や聖堂を飾るステンドグラスの穏やかな光や静寂さ、独特な司祭服など― と 同様に、 『茶の湯』 の世界は 『わび』、『さび』、『しぶい』、『ふら』 という4つの基本的概念に基づいている。
ふら』、 出ましたっ!!ヽ(゚□゚;)ノ


Fosco Maraini, un professore italiano che ha trascorso gran parte della sua vita in Giappone, in collegamento con l'Università di Tokyo, si trova egli stesso in difficoltà a definire queste parole in termini occidentali.
Egli cita D.T.Suzuki, un autorevole interprete dello Zen per l'Occidente:

人生の大半を日本で過ごしたイタリア人・文化人類学者のフォスコ・マライーニ氏ですら、これらの概念を西洋の言葉で定義することは困難であるとしている。 彼は、禅を西洋に伝えた第一人者・鈴木大拙の言葉を次のように引用している。
フォスコ・マライーニ 氏 および 鈴木大拙 という人物をこれで初めて知りました。
どちらも有名な方のよーですね・・・


Wabi in senso stretto indica ‘una vita di povertà, scevra dal lusso, lontana dalla falsità e dall'intrigo’. Colui che vive secondo il concetto wabi si accontenta di cose semplici, ha compreso la saggezza delle pietre e delle cavallette, accetta serenamente la povertà come arricchimento dello spirito, della vita che è così tipica dell'Estremo Oriente.

狭義では、『わび』 は “贅沢や偽り・策略のない貧しい暮らし” を指すが、さらに、簡素であることを徳とし、清貧な暮らしを心の豊かさとして肯定的に受け入れる様を意味する。
"delle pietre e delle cavallette" ・・・ええ~っと、石とバッタ って!?
賢明さの象徴なんでしょうか?? なんだろう?


Sabi non ha un significato dissimile, ma si riferisce piuttosto alle cose e ai luoghi; conduce la mente a una certa ‘rusticità senza pretese, a una imperfezione arcaica’, che mette gli uomini e le cose in una relazione di intimità amorosa. Questo implica che in qualche luogo, in disparte, un solitario, un eremita metta attivamente tutto questo in pratica.

『さび』 はどちらかといえば物や場所を指し、それらは 人と物とを情愛で結ぶ “慎み深い素朴さ、古風な不完全さ” の風情を引き起こす。 またどこか人里離れて暮らす孤独な隠者の意も含む。
う・・・、メタメタな訳。
しかし、そもそも 『寂び』 ってこんな解説でよいのかなぁ? σ(' ' ;???
(さらにシングルクォーテーションマークの位置がおかしい気が・・・)


Shibui significa letteralmente severo, più in generale significa buon gusto. Implica sobrietà, assenza di ostentazione, semplicità, gusto impeccabile.

『しぶい』 は品の良さ表し、地味で虚飾がなく、簡素で欠点のない様を意味する。
うーむ、、、 なんだか微妙に違うような~~~


Fura indica un modo di vivere prescritto dai principi Zen. ‘Un puro godimento della vita... l'identificazione del sé con lo spirito creativo, lo spirito della bellezza della natura. Un uomo di fura trova i suoi amici fra i fiori e gli animali, le pietre e l'acqua, i temporali e la luna’ ”.

『ふら』 は禅の第一人者によって規定されたひとつの生き方である。 “人生の純粋な喜び・・・ 創造的な精神、自然美の精神を備えた自己同一性の証明。 『ふら』 である人々は、花と動物に、石と水に、嵐と月に友人を見つける”
・・・ううう。 もはや意味不明―― (T-T

◆       ◆       ◆

出典は Julia V. Nakamura の 『La cerimonia del tè』 という本だそうで、
ちょっと検索してみたところ、この本の内容を紹介しているサイトも見つかりました。

 ・ NGC-Japanese Corner - Libri "La cerimonia del té" 【伊語】
 ・ Zen-Taoist Aspects of the Japanese Tea Ceremony 【英語】


『侘び』、『寂び』、『渋い』 の解説の微妙さは、まあさておき、問題の 『ふら』 ・・・
こちらでは "divertimento puro della vita" / "the sprit of beauty in nature"
と説明されておりますが、各種国語辞典やネット検索において
日本語の 『ふら』 を見つけ出すことはできませんでした・・・
うーん、、、 禅の世界の業界用語? なにかの隠語??


ちなみに、これらの文章を読む前に私が立てていた仮説はこうでした(^^;;

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| by dicotomia | 2006-04-05 22:12 | いろんなイタリア語
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