『バール、コーヒー、イタリア人 グローバル化もなんのその』
≪島村菜津 著/光文社≫
おおっ、これはワタクシのために上梓された一冊かも~♪
なんて勘違いも甚だしく 嬉々として読了。
著者は 『スローフードな人生!』、『スローフードな日本!』 等で
お馴染み、日本におけるスローフード運動の第一人者である
島村菜津さん。
ある意味 タイトル通り、「バール」、「コーヒー」、「イタリア人」 についての多岐にわたる考察が
一冊の本として通して読むには 少々バラバラ感が否めない展開で綴られております(笑)
(例えば後半では、コーヒーの歴史、カフェの歴史が語られたと思ったら、
次はコーヒーに関する名言集、そして、コーヒー経済学 = 昨今の世界的コーヒー危機・・・
生産過剰による市場価格の大暴落と品質低下のスパイラル、大多数小規模農園の惨状、
フェアトレードの現状・・・などについてまで言及されています)
個人的には 第二章、第五章あたりの 「バール+イタリア人」 に関する話題を
もう少し充実させてほしかった! やや物足りなさを感じましたよ~。
効率性・マニュアル化などこれっぽちも追求せず、量より質にこだわり、
多種多様性に対応すべく柔軟なイマジネーションと広い度量を持ち、
地元コミュニティと密着、連携しながら、伝統、慣習、豊かな地方色を尊び守り続け、
ただ悠然とスローななりわいを続けている。
そこで人々は自身を解放し、人間味あふれる対応の心地良さや心の触れ合いを大いに愉しむ。
筆者が大好きだと語るイタリアのバールの形態とそこで繰り広げられる人間模様は
まさにイタリア社会の縮図であり、私が漠然と抱き続けているイタリアの魅力は
まさにこの世界に凝縮されているのではないかという感触を得ました。
(たぶんちょっと言い過ぎ?)
◆ ◆ ◆
「一杯のコーヒーを飲むのは、どんな人にも平等に与えられた基本的人権である」
立ち飲みのCaffèの値段が安くてほぼ全国一律なのはなぜか。
以前は国が法律で価格の上限を定めていたが、現在その管轄は地方自治体に移り、
「店内に価格が明示してあればいくらにしてもよい」 という、資本主義経済において
自由競争原理に適った、至極当然の法律に変更されたそうで・・・
って、まずCaffèの価格について法律で定められているという事実に驚愕ですよ(笑)
そして、それでもなお、地域や店舗格差がほとんど生じることなく、いつも変わらぬお手頃価格。
イタリア人におけるCaffèは、人間らしい暮らしに欠かすことのできないアイテムであり、
かつ、その幸福を追求する基本的人権が、万人の共通見解として保障されている社会である
ことがわかります。 おおー、理想郷だーー。
「スターバックスは本当にイタリアには進出できずにいるのか?」
筆者はイタリア飲食業協会に手紙でこう問い合わせをしたそうです(笑) ― 答えは Sì.
世界を席巻しているスターバックスがなぜイタリアにないのか。
イタリア食文化において強く保たれている地域性や地方性は、バールのCaffèも然り。
そのうえ、さらに人々は思い思いこだわりのマイコーヒーの注文を楽しみます。
しかし、ここで求められているのは単に好みの味の提供ではなく、
人と人とのつながり、行き届いたサービスや人間らしい柔軟な対応です。
マニュアル重視・画一的・世界展開のチェーン店では
その多様なニーズに応えるべく 融通性は持ち得ていません。
イタリアで、バールやカフェという名のつく店は15万5000店舗を超え、今もなお増え続けており、
そして、そのほとんどが個人経営の店だそうです。
「古き良き時代のナポリの社会を象徴する文化 ― "Caffè sospeso"」
バールで一杯のCaffèを飲むのに、裕福な人物は二杯分の代金を支払っていく。
それによって後からやってきた懐の淋しい人物が、その残り一杯分の代金で、すなわちタダで
Caffèを享受することができる ― Caffè sospeso と呼ばれる粋な風習が
かつてのナポリには存在したという。
同じアパートの地上階には貧しい庶民、その上に少し裕福な商人、さらにその上には貴族、
といった具合に、様々な階級の人間が日常的に触れ合い、向き合って暮らしてきた
ナポリの伝統的な街の姿を象徴する文化。
注目すべきは、裕福な人物の同朋に対する計らいの心だけではなく、
やはり人と人とを結び付ける仲介役としてバールが重要な役割を担う存在であったことと、
このシステムが成立するために不可欠な、バール店主と客との信頼関係でしょうか。
◆ ◆ ◆
さて。 美味しいCaffèを淹れるための4つの条件
「4M」(quattoro emme)については
コーヒー業界ではよく耳にしておりましたが
Miscela (厳選された豆、バランスの良いブレンド)
Macinatura (最適抽出できる豆の挽き方)
Macchina (性能の良いエスプレッソマシン)
Mano (バリスタの技術)
今回、この本で初めて知ったのが (どこまで一般的かわかりませんが) ナポリの
「3C」 (笑)
「ナポリはエスプレッソの聖地だ」
Anche i miei amici mi dicevano così.
Anch'io la penso così... ナポリの Caffè は格別でした。
南部の傾向である極深煎り豆を使用した抽出量の少なめのCaffè は
きめ細かな厚いクレマに覆われ、がっちりとした濃厚な甘苦さと深いコクが際立ち、
飲み終えた後も芳醇なアロマが口の中を満たし、暫くの間 甘美な後味を愉しませてくれます。
ナポリでは、この理想的な深煎りロースト度合いを "
tonaca di monaco"
※1
= 「修道士の僧衣」のような色
※2 と言うそうです。
(※1.本書には 「トカナ・ディ・モナコ」 と記されていたが、多分誤植。)
(※2.フランチェスコ修道会系の焦げ茶色)
そしてナポリのCaffèの特徴といえば
kaiokoさんも触れていらっしゃいましたが(
ナポリ:Gambrinusでお茶を。 )
無警戒で触ると思わずびっくり☆ひっくり返しそうになるほどに 熱々に温められたカップ!
エスプレッソの大切な大切なアロマを最大限に保つための心配りでありますが、
湯煎器を使ってあそこまでカップを温めておくのは、ナポリのバール独自の慣習のようです。
それゆえナポリのCaffèは、このナポリ流儀に不慣れな客がつく悪態を表現して
「3C」 と言われているとのこと・・・
「Cazzo! Come Caldo!」 ( = くそっ! 熱いじゃないか!) (笑)